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                 2003年3月7日 於本町 大阪府商工会館
                     大阪損保革新懇主催平和問題講演会

平和な世界を!生き生き働きたい!二つの思いを重ねて

                         講師 長岡麻寿恵弁護士

はじめに

みなさんこんばんは。弁護士の長岡です。
私は今日つい先ほど沖縄・嘉手納基地周辺で米軍の爆音で日夜悩まされている住民たちの「飛行差し止め」を求める裁判から帰って来たばかりです。帰ってきたら、小学生の娘が「お母さんお帰りなさい。沖縄から基地は無くせましたか」と聞かれ、胸がジーンときましたが、子どもにも励まされつつ、平和な基地のない沖縄・日本を作りたいという思いで活動をしています。
私は大阪で弁護士生活10年の後、1996年から98年までアメリカで2年間ロースクールに通いました。行き先は昔、製鉄で有名だったピッツバークで、今は大学の医学部で臓器移植の町として有名です。そこで勉強してニューヨーク州の弁護士資格を得ました。
今日の講演の表題の「平和な世界を」、私はこの気持ちは誰にも負けません。また「生き生き働きたい」、これも誰にも負けない思いです。でも、この二つの思いをどうやって組み合わせたらよいのか、どうつなげるか、なかなか難しい問題ですが、私が常日頃考えていることをお話しできればと思っています。イラク情勢が緊迫している中で大阪損保革新懇のみなさんとともに平和や現代社会で働く意味について一緒に
考えたいと思います。
損保に働くみなさんも「生き生きと働きたい」という気持ちはお持ちでしょうが、規制緩和・リストラの中で大変だと思います。経営者は「グロバリーズゼーション」という中で競争に打ち勝たなくてはならない。最大限無駄をなくさなくてはならない。リストラして、ぎりぎりまで体を絞らねばならない。無断な余剰人員を徹底的に削減する、そして残った人は120%働いてもらう。足りない労働者は派遣や非正規雇用で安い賃金で使う」というような傾向が非常に強くなって、厳しい労働現場になっていると思います。


「規制緩和」がつくり出しているアメリカ社会の現状

今日、私たちは規制緩和という言葉を朝起きてから寝るまで聞かない日はありません。規制緩和という言葉ほど深くて重いかかわりのある言葉はないのではないかと思います。
さて、規制緩和という言葉がどこからでてきたのか。どういう問題をもっているのか。私は規制緩和の総本山、グローバリゼーションのアメリカで暮らした経験をお話しさせていただきます。日本において今後、規制緩和がどういう方向に進むのか、わたしたちの暮らしをどこに導くのかを考えさせられた機会だったわけです。
アメリカには健康保険は公的なものはなく、民間の医療保険に入って病気に備えるわ訳です。民間の医療保険に入っていなければ、病気の際は自由診療ということで全額払わなくてはなりません。非常に高額になってとてもとてもお医者に行くことはできません。その結果、無保険者・保険の無い人たち、病気になってもお医者さんにかかれない人が沢山生まれてくるわけです。何かあって救急車を呼んだ時、まず聞かれるのが「どんな保険に入っているか」です。自分のふところ具合と見ながら病気にならないといけない。保険内容にいわば「松・竹・梅コース」というのがあり、それによって運ばれる病院や治療の中身が違ってくる、無保険者は病院ではなく教会の救貧施設に運ばれ、ボランティアで治療を受けるということになる。長い時間待ってようやくもらった薬がアスピリンだったということを聞いたことがあります。
会社勤めの方は会社がなにがしかの保険料を負担して、高い健康保険に入っている。
年金も同じで、安い掛け金でいい保険で保護されています。しかしいつたん失業してしまうと収入がないばかりか、そういう保険の制度からもすべて排除されてしまう。
近所の女性との話で「就職できて子どもを病院に連れて行けるのが嬉しい。これで子供が病気をした時に安心して病院に連れていくことが出来る」と聞いた時、涙が出そうになりました。子どもが熱を出してドラッグストアーに行って売薬を買うしか出来ない、病気になった子どもを病院に行かせることができない社会とはなになのかと強く考えさせられました。
私は1歳と2歳の子供を連れてロースクールに通いましたが、保育所がなく、大学にある保育所では2年待たないと入れない。1歳児は手間がかかる、人手がかかるということで受け入れ手がない。いろいろ探し歩き、やっとコミュニティセンターに入れることが出来た。いったいアメリカの女性はどうやって仕事をしているのだろうか。どうやって子育てしているのだろうかが最大の関心事でした。
アメリカは母子家庭の子どもが多く、女性が働くためには子どもを育てる施設が求められるわけですが、この施設もほとんどが民営です。私は月15万円の保育料で子どもをやっと入所できました。安い施設もありますが、子どもの虐待や放置の心配もあり、安心して知的な教育を受けようとすれば、高い保育料を払わなければなりません。安く上げるには親戚とか友人に預けるなど2〜3日ごと預け先を変えるなどしている。そこでは子供の発育とか教育は出来るかどうかという不安が生まれます。
病気も保育も金次第といった具合です。保育所は民営化されチェーン店化もされている。事件や子供がなくなる事故も起きている。営利追求のため保育士の時給が大変低く、資格とか学位を持っている人の割合も低い、保育士の転職率も高いし、州の規制も行き届いていない面が多いようです。
お金がないと安心して子供を預け働くことが難しくなり、母子家庭と子供の貧困化が進んで行く。これが今、アメリカの社会問題の一つとなっています。離婚・シングルマザーなど女性が働いて子供を育てている割合が年々増えています。さらに貧困化の割合も増えています。ある州では、生涯に2年間しか生活保護を受けられない。自立をさせるというのが趣旨ですが、自立したくても働ける環境が十分ではありません。

貧困の進行と共に住み分けの問題も進んでいます。白人はきれいな郊外の住宅地に住み、黒人はスラム化したところに集中する。ユダヤ人はユダヤ人で集まる。そうするとそれぞれの地域の学校に貧富の差があらわれ、貧困な地域の学校教育は荒れていく。教育予算も充分でなく、学校はコーラの自動販売機でマージンを稼ぐようになっているところもあります。学校も利潤を生み出す現場です。肥満・成人病の原因を教育の場である学校が作り出しているという問題にもなっているのです。
これは貧困が拡大再生産され、所得格差がますます広がっていることを示しています。麻薬・犯罪も増えています。死刑執行が復活されている州もあります。ブッシュの出たテキサス州では全米の3分の1が処刑されています。刑務所の民営化も進んでいます。
公選弁護士、日本の国選弁護士に相当しますが、誤審率は何と68%に及ぶといわれています。なぜか、それは公選弁護人に予算が与えられないために一人で130件位の重罪案件を持つように至っており、十分な仕事をこなすことが出来ないからです。
アメリカの貧困化はどういうところから生まれているのでしょうか。それは国のお金が福祉とか教育という方面ではなく、武器・軍事費に使われているところに大きな原因があると思います。そして福祉とか教育は「自助努力しなさい」というわけです。

競争の中で「自立自助で頑張る」というアメリカ人の発想には根強いものがあります。ヨーロッパ諸国の人はめざす社会像として「貧富の差の少ない平等社会」が多いのに対して、アメリカ人は「意欲や能力に応じた自由競争社会」と回答する声が大きいのです。
アメリカでは「自助努力」「自己責任」「自由競争」の思想が徹底され、その一方で母子家庭と子どもの貧困化が進み、社会不安・暴力・治安悪化につながっている社会を作り出しています。私がアメリカ社会で痛感に見えたものは「貧困・暴力」、そして「強い者が勝つ!」「戦争OK!」という風潮でした。
イラク戦争に対するブッシュのやり方に賛成が多いのもこういうアメリカ人の体質にあるのではないかと思います。


「日本がアメリカ化されようとしている」

このように「規制緩和」万能社会が進むアメリカと比較し、日本はどう進もうとしているのでしょうか。私は98年に帰国しましたが、日本の「規制緩和」オンパレードぶりに驚きました。
みなさんの仕事と関係のある自動車事故の賠償問題でかかわることがありますが、自動車保険が大変細分化されていて、契約者がどこまで理解されているのかと思わざるを得ないケースがあります。日米保険協議の結果もたらされた規制緩和のひとつですね。このまま規制緩和や自由化が進んで、果たして保険のセーフティネットが果たせられるのか、金儲け優先・反社会性を進行させるのでないかと危惧します。
今国会で健保・年金の切り下げが最大の焦点になっています。福祉を切り捨て、増税する。しかも税金は生前の贈与税なんかは比較的緩めていくが、発泡酒は値上げするなど庶民の取りやすいところからは増税していく、保育所も民営化を図るという方向が現れ始めています。この流れもアメリカの規制緩和の流れと一緒です。
アメリカの例で明確なように、「規制緩和」というものは結局すべてのものを民営化して、公共サービスも民間の手にゆだねていく。その結果、リストラを自由に進めるというところまできているわけです。
すでに、健康保険の改悪が進んでいる中で国民・庶民は私的に保険を掛けるのが増えてきています。私的に年金を掛けることも一般化されてきています。知らぬ間にアメリカ化しているのが今の政府が狙っていることだと思います。
利益や利潤で図れないものには価値がないのか。私は決してそうではないと思います。教育・保育・福祉、そして安心して病院に行ける、安心して暮らせるということは決して利益や利潤では図れませんが、よりよく生活する、よりよく生きることにとってすごく価値のあることです。
スエーデンでは「大きな政府」を作って、収入が少なくても税金を多く負担する。けれどもそれに対する見返りとして福祉を充実させる、税金は高いが安心して暮らすことが出来る仕組みを作り出しています。一方、アメリカでは福祉・教育・医療などは「自助努力」で、収入の多い人はたくさん税金を負担して、軍事や外交の支出を支えてくださいという仕組みになっています。
日本では「小さな政府」を掛け声に、逆進性で貧困層からの負担を拡大しています。
取りやすい比較的貧困層から税金を取るという方向へと仕組みがドンドン強められています。
私がいま危惧していることは労動法制の一連の改悪の問題です。いま、労働の現場でもどんどん規制緩和が進められています。その中でも最大の問題は非正規雇用の激増です。
2001年の厚生労働省の調査では、パートなどの非正規雇用は全労働者の4分の1を超え女性の半分が非正規雇用で、すごい勢いで増えています。特に、派遣労働者が増えています。派遣労働者はすぐに首を切られる不安定な雇用で、無権利・差別を受け、しかも低賃金です。正規雇用者に対しては長時間・過密労働が一般化しており、「給料分の3倍働け」と言われ、サービス残業をさせられています。
一方、解雇規制法は多様な選択肢のもとで「解雇自由化法」になろうとしています。

また、有期雇用の常態化(昔の若年定年制の再現)、裁量労働の拡大、派遣業務の拡大なども進んでいます。特に若年労働者の雇用不安が社会不安を大きくし、これをどう解決するのか。政府は社会不安を愛国心や修身論で教育基本法を改悪して乗り切ろうとしています。 いろんな紛争を裁判から除外していく、あるいは例えば、敗訴者が相手の弁護士費用を負担する制度を導入しようとまでしているのです。
根本的な解決は非正規雇用を正規にすること、差別をさせないこと、正社員の長時間労働を規制することです。そうすることによって雇用は拡大でき、国民の購買力も拡大して、経済の発展を支えることになるわけです。ところがいま日本では逆方向に進んでいます。「日本がアメリカ化されようとしている」と言ってもいいと思います。

問題はいま働く労働者が長時間・過密労働の状況におかれ、一方で失業者が増える状況は、人間にしか持ち合わせていない「想像力」を持たない人間を作り出そうとしているのではないかと思います。


「イラク攻撃」反対は、人間の「想像力」をかけたたたかい

「想像力」を持つ。このことは平和の問題についても共通すると思います。私は「イラク爆撃反対」というのは人間の想像力の問題だと思います。
爆撃の下でどんな子供たちがどんな生活をしているのか。その命や生活をすべて奪ってしまっていいのか。それは許されることなのか。既に失われたものや、これから失われようとしているものに思いをはせることが出来るかどうか。ブッシュはイラクやアフガニスタンの人たちが爆弾の下でどんな生活をしなければならないかという想像力が一つもないのではないでしょうか。
今日の規制緩和、そして労働者がおかれている状況というのは貧困化していく人たちに想像力を持たせないようにしていく流れです。そうではなく、私たちがより想像力を働かせることができれば、より貧困を根本的に解決することができるような、いきいき働ける社会を造っていくことにつながっていく。そのことと大変結びついているように思います。
平和な世界を! 生き生きと働きたい! この二つを実現するためにも、アメリカのイラク攻撃に反対することは、人間の『想像力』をかけたたたかいと言えるのではないでしょうか。これからもお互いに奮闘したいと思います。大阪損保革新懇の運動がより発展することを期待して私の話を終わります。ありがとうございました。(大きな拍手)